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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)871号 判決 1991年3月14日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 千葉景子

同 伊東秀一

同 辻恵

被告 神奈川県

右代表者知事 長洲一二

右訴訟代理人弁護士 福田恒二

右指定代理人 向井一夫

<ほか八名>

主文

一  被告は原告に対し、一三万円及びこれに対する昭和五九年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一、第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、二六〇万円及びこれに対する昭和五九年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  警察官による暴行、傷害

原告は、神奈川県川崎市にある株式会社京セラ玉川作業所の閉鎖をめぐる労働争議に関連して、昭和五九年六月一三日、建造物侵入及び傷害の容疑で逮捕され、同月一五日、横浜地方裁判所によって神奈川県警察多摩警察署に勾留された。

同月二〇日、原告は、その勾留理由開示の手続のため、同警察署から同裁判所まで護送車(マイクロバス)で護送され、正午ころ、同裁判所入り口付近に差し掛かった際、車中から原告の支援に来ていた知り合いの者に手を振ろうとしたところ、護送に当たっていた神奈川県警察の機動隊員六名のうちの二名から腰縄を引かれ、他の二名と神奈川県警察本部警備課の巡査部長乙山春夫(以下「乙山巡査部長」という。)及び同課の警部補丙川夏夫(以下「丙川警部補」という。)から頭や肩を押さえ付けられ、椅子に座ったまま前のめりになり、うずくまるような恰好にさせられた。しばらく、その状態が続いた後、押さえていた手が緩んだので上体を起こしたところ、更に、乙山巡査部長から頭に上体を預けられ、左後方から腕で頸を締め上げられた。

原告は、右一連の暴行により、頸部捻挫、右腕関節部擦過創及び左前腕挫傷の傷害を負った。

2  警察官の診療拒否

被疑者留置規則四条一項は、「警察署長(都道府県警察本部に設置される留置場に関しては主務課長。以下同じ。)は、被疑者の留置及び留置場の管理について、全般の指揮監督に当たり、警察本部長(警視総監または道府県本部長をいう。)に対してその責めに任ずるものとする。」と、同条二項は、「警察署の総務主管又は警務主管の課又は係の長(都道府県警察本部に設置される留置場に関しては主務課の課長補佐、派出所に設置される留置場に関しては派出所の長)は、留置主任官として警察署長を補佐し、看守勤務の警察官(以下「看守者」という。)を指揮監督するとともに、被疑者の留置及び留置場の管理について、その責めに任ずるものとする。」と定め、同規則一五条は、「留置主任官は、昼間及び夜間それぞれ二回以上巡回し、看守につき、指揮監督を行うようにしなければならない。」と、同規則二七条は、「留置主任官は、留置人が疾病にかかった場合には、必要な治療を受けさせ、別房に収容して安静を保たせ、または、医療施設に収容する等その状況に応じて適当な措置を講じなければならない。」と定めているなど、警察署長、留置主任官及び看守は、各々その役割に従い、留置中の被疑者の健康管理について必要な措置をとる義務を負うものとされている。また、この義務は、被疑者の身柄を拘束していることから当然に生じるものであるから、被疑者の身柄を事実上支配している捜査官も同様の義務を負う。

原告は、乙山巡査部長らの前記暴行により、前記傷害を受け、首に激しい痛みを覚え、腕に血が滲んでいたので、暴行を受けた直後から再三にわたって、乙山巡査部長、丙川警部補、留置主任者である警務課長丁原秋夫及び看守に対し、医師の治療を受けさせることを要求し、その要求を通すためハンガーストライキをしたが、右同人らは同月二二日午後六時すぎまでこれを拒否し続けた。

3  責任原因

乙山巡査部長、丙川警部補及び氏名不詳の四名の機動隊員による前記暴行と、乙山巡査部長、丙川警部補、丁原警務課長及び看守らによる治療措置の拒絶は、被告の公権力の行使をするについてなされたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき右行為によって被った原告の損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

慰謝料 二〇〇万円

原告は、前記1及び2の各不法行為により、著しい精神的苦痛を被った。これを慰謝するにはいずれも一〇〇万円、合計二〇〇万円の支払をもってするのが相当である。

弁護士費用 六〇万円

原告は、被告が任意に損害賠償に応じないため、弁護士に委任して本訴請求をすることを余儀なくされ、弁護士費用として六〇万円の支払をした。

5  よって、原告は、被告に対し、右慰謝料と弁護士費用の合計二六〇万円とこれに対する不法行為後の昭和五九年六月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実中、原告が、神奈川県川崎市にある株式会社京セラ玉川作業所の閉鎖をめぐる労働争議に関連して、昭和五九年六月一三日、建造物侵入及び傷害の容疑で逮捕され、同月一五日、横浜地方裁判所によって多摩警察署に勾留されたこと、同月二〇日、その勾留理由開示手続のため護送車で多摩警察署から同裁判所まで護送されたこと、右護送が乙山巡査部長、丙川警部補のほか機動隊員六名によって行われたこと、同日正午ころ護送車が同裁判所敷地の日本大通側入り口付近に差し掛かったとき、原告が窓の外に向かって手を振ろうとしたことは認め、その余の事実は否認する。

護送車が同裁判所の正門付近に達したとき、原告の支援者の集団が護送車を取り囲んだため、付近を警戒中の警察官らがそれらの者を排除して通路を開けた。そして、護送車がゆっくり入り口を通過しようとしたところ、支援者の間から原告に対する拍手、声援が起こり、「甲野さん頑張って」という女性の甲高い声があがった。その声に応じるように、原告が、大声で「おー」と叫んで、立ち上がろうとして中腰になったため、原告の両側に居た護送員らが、原告の身体に対する危険を避け、逃走、奪還を防ぐため、原告の両ひじ付近を押えて座らせようとしたが、原告は、「何するんだ。この野郎。」と怒鳴りながら、中腰の状態のままで上半身を左右に振り、両隣の護送員の上に乗り掛かろうとしたり、両手錠の手を顔のあたりまで挙げて窓の外に向かって振ったりした。

そこで、護送員らは、原告を制止して、着席させようとしたが、原告は、怒鳴りながら、頭髪を振り乱して首や上半身を前後左右に激しく揺すったり、両手を振り回したり、左右に動かしたりして暴れた。護送車中で発生した事態は以上のとおりであって、乙山巡査部長、丙川警部補らが原告主張の暴行を加えたことはなく、原告が受傷したこともない。仮に、原告が受傷したとしても、それは、原告自らの行為によって生じたものである。

2  請求原因2の事実中、原告がハンガーストライキをしたことは認め、その余の事実は否認する。原告は治療を要する傷害を負っていなかったし、治療の要求もなかった。

3  請求原因3、4の各事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が、神奈川県川崎市にある株式会社京セラ玉川作業所の閉鎖をめぐる労働争議に関連して、昭和五九年六月一三日、建造物侵入及び傷害の容疑で逮捕され、同月一五日、横浜地方裁判所によって多摩警察署に勾留されたこと、そして、同月二〇日、勾留理由開示の手続のため護送車(マイクロバス)で多摩警察署から同裁判所まで護送されたこと、右護送が乙山巡査部長、丙川警部補のほか機動隊員六名によって行われたこと、同日正午ころ護送車が同裁判所入り口付近に差し掛かったとき、原告が窓の外に向かって手を振ろうとしたことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実と、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、日本板硝子労働組合川崎支部の組合員であるが、株式会社京セラ玉川作業所の閉鎖をめぐる労使紛争の支援のため昭和五九年五月一日に開催された集会に参加し、その際支援の組合員と会社側との間で発生した揉み合いに関連して、同年六月一三日、他の組合員ら五名とともに、建造物侵入及び傷害の容疑で逮捕された。

2  原告は、昭和五九年六月一五日、勾留質問手続のため、多摩警察署から横浜地方裁判所へ護送車(マイクロバス)で護送された。護送には一〇名位の警察官が当たり、中村警部補がその責任者となった。

同日の護送の際は、護送車が、同裁判所の日本大通側入り口付近に差し掛かった時に、原告らの支援者四〇名ないし五〇名位が取り囲んだため立ち往生し、原告が、座席から腰を浮かして窓のカーテンを開け、支援者に手を振って応え、これを制止しようとした護送の警察官と原告との間で揉み合いになったことはあったが、警備の警察官が護送車のために道を開け、護送車がゆっくり進行して支援者の輪から抜け出したため、それ以上の混乱はなかった。

原告は、同日同裁判所によって多摩警察署に勾留された。

3  原告に対する取調べは、主に丙川警部補と乙山巡査部長が当たったが、原告が、逮捕以来黙秘を続けただけでなく、同警部補らをからかうような態度をとっていたので、同警部補らと原告の間には感情的な対立があったところ、その後、原告の弁護人らから同裁判所に勾留理由開示の請求がなされ、同月二〇日、同裁判所で勾留理由開示の法廷が開かれることになった。

同日の護送にも護送車(マイクロバス)が使われ、丙川警部補が責任者となり、乙山巡査部長と六名と機動隊員がこれに加わった。

原告は護送車の前から三列目の二人掛けの席の通路側に座り、その座席の進行方向左側の補助椅子と窓側の席に機動隊員が各一名が、前の席に補助椅子を含め三名の機動隊員が、原告のすぐ後の進行方向左側の席に乙山巡査部長が、右側の席に丙川警部補がそれぞれ座り、他の一名の機動隊員は、運転席左側の助手席に座った。

護送車は多摩警察署を午前一一時ころ出発した。護送開始時から原告には両手錠がかけられ、手錠に結ばれた補縄がズボンのベルト通しに通され、腰の背後まで伸ばされていて、その先は護送員によって掴まれていた。

4  車中で原告は「所属はどこか」、「名前は何というのか」などと言って左右の機動隊員をからかったり、右側に座っていた機動隊員の帽子を床に落としたりして、挑発的な態度をとっていた。

正午ころ護送車が同裁判所の敷地の日本大通側入り口付近に差し掛かった際、原告は支援者がいるのを見つけ、やや中腰になって両手錠のまま支援者に手を振ろうとした。このため、乙山巡査部長は原告の左右に座っていた機動隊員にそれを制止するよう指示し、その指示を受けた機動隊員が原告の腕を引っ張り、腰縄を引くなどして原告を元の態勢に戻そうとしたが、原告が素直に従わなかったため、原告の前の席に座っていた機動隊員と原告の左後方に座っていた乙山巡査部長が原告の肩を押えるなどして原告を座席に座らせた。その直後、乙山巡査部長は、既に機動隊員らにより押さえ付けられて抵抗しなくなっていた原告の後方から、のしかかり、右腕を原告の頸に巻き付けるようにしてしばらくの間締め上げた。

この間の揉み合いで、原告は頸部捻挫、右腕関節部擦過創、左前腕挫傷の傷害を負った。

5  原告は、同日の勾留理由開示の法廷で、警察官から頸を絞めるなどの暴力を受けたことを陳述した。そして、勾留理由開示手続を終わり、多摩警察署に戻る護送車の中で、乙山巡査部長や丙川警部補らに対し、「暴力を振るわれて怪我をしたから、医者に連れて行け」と要求したが、同警部補らは、「医者に行く必要がないくらいお前にも分かっているじゃないか」などと答えて、相手にしなかった。多摩警察署の留置場に戻されてからも、乙山巡査部長に対し、医者の診察を受けさせるよう要求し、医者に連れて行くまでハンガーストライキをすると言って、その日の夕食は食べなかった。翌二一日もハンガーストライキを続ける一方、多摩警察署の留置主任官の警務課長丁原秋夫や看守らに対しても、医者に連れて行くよう要求した。

6  多摩警察署は、同月二二日、同署内で内科医による定期健康診断が行われたので、その際に原告についても診察を受けさせた。同医師は、原告が頸や肩の痛みを訴えたのに対し、湿布薬を処方し、多摩警察署の職員に対し、木下外科医院で木下忠雄医師の診察を受けさせるよう指示した。右指示により、同警察署は、同日午後六時ころ、木下外科医院で木下忠雄医師の診察を受けさせた。

原告は、同医師に対し、同月二〇日の正午ころ自動車の中で頸を捻られたと言って頸部の痛みを訴えたほか、両手首の腫れと痛みも訴えたが、同医師は、頸部付近のレントゲン撮影をして診察をした結果、レントゲン写真に第四、第五頸椎付近に石灰化像がみられ、頸部には、前屈時及び右旋回時に痛みがあるが、左旋回時、最大後屈時の痛みはなく、筋力テストも異状はないと診断し、両手首と頸部に湿布をし、消炎剤と湿布薬を処方した。

原告は、医師の診察を受けることができたため、ハンガーストライキを中止した。

7  多摩警察署は、原告の要求により、同月二六日、再度木下医師の診察を受けさせたところ、木下医師は、原告の左手背と前腕、右手関節の内側の痛みは殆ど消え、原告の訴えが頸部痛と肩の張りのみになっており、外科医の治療は不要であるとして、稲田登戸病院の整形外科医宮本医師を紹介したので、翌二七日、同病院で宮本医師の診察を受けさせた。

原告は宮本医師に対しても、六月二〇日に頸を右に捻り、その後頸部痛が生じた、左頸部痛、肩凝りは特に朝強くなる、左手を下げていると痛みと肩凝りが強くなるなど訴えたが、同医師は、頸部の姿勢、運動は良いが、右屈で左頸部が少し張れる、左第二頸椎に圧痛、頸部に凝り、左僧帽筋に圧痛があるが、腕の反射、握力は正常で、手指に知覚障害はない、理学療法を旋すほどのものではなく、処方した薬を用いるだけで通院しなくとも治癒する程度のものであると診断し、消炎鎮痛剤と筋弛緩剤を処方した。

その後、原告は、医師の治療を要することなく、同年七月四日釈放された。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

二  右認定の事実によれば、乙山巡査部長及び機動隊員らは、六月二〇日の護送の際に、中腰になって支援者に手を振ろうとした原告の腕を引っ張り、あるいは原告の肩を押さえ付けるなどの有形力を行使しているが、その行使に至る事情に鑑みれば、これは護送の警察官として護送車内における秩序を保ち、円滑に護送するために必要とされる範囲内の行為であるというべきであるから、これをもって違法な暴行であるということはできない。しかしながら、原告が機動隊員らによって押さえ付けられ、反抗を抑圧された後に、乙山巡査部長が原告の頸を締め上げた行為は、もはや、護送の警察官に許された有形力の行使の範囲を逸脱するものであって、違法というべきである。

そして、右認定の機動隊員らとの原告の行為の態様、右傷害の部位等から判断すると、原告について生じた各傷害のうち、右腕関節部擦過創と左前腕挫傷については、適法に乙山巡査部長と機動隊員らが原告を制止し、これに原告が抵抗した段階で生じたものと認めるのが相当であり、頸部捻挫の傷害は、原告が抵抗した際に頸部に無理な力が加わったために生じたとみるよりも、乙山巡査部長が違法に原告の首筋を締め上げたことによって生じたものと認めるのが相当である。

乙山巡査部長が被告の公権力の行使に当たる公務員であることは明らかであるから、被告は、同巡査部長の右違法行為により被った原告の損害を賠償すべき義務がある。

三  右認定のとおり、乙山巡査部長から暴行、傷害を受けたことにより、原告は精神的苦痛を受けたものと推認することができるが、右暴行の態様と傷害の部位、程度のほか、右暴行に至る一因が原告の挑発にあるとみられること等を考慮すると、その精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は一〇万円とするのが相当である。また、本訴認容額、審理の経過等に照らし、乙山巡査部長の前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は三万円とするのが相当である。

四  警察署に留置された被疑者が疾病にかかった場合に、被疑者を留置した警察署の警察署長、留置主任官、看守者等が、必要な治療を受けさせる等の措置を講ずべき義務を負うことは原告の主張するとおりであり、留置された者が傷害を負った場合も同様である。しかしながら、このことは、留置された者が疾病にかかり、または傷害を負った場合には、それがどのように軽微なものであっても常に医師による治療を受けさせなければならないということではなく、疾病や傷害の程度が軽微で、通常人であれば医師の診療を受けるまでもなく自然治癒を待つであろうとみられるような場合で、他に緊急に医療措置を要するような特段の事情が認められないときは、留置された者から医師の治療措置を受けさせるよう要求があっても、直ちにこれに応じることなく、しばらく様子をみることは許されるというべきである。

これを本件についてみると、前認定のとおり、原告の右腕関節部擦過創、左前腕挫傷は短時日に自然に治癒する程度のものである。また、原告は、頸部の傷害を受けたとはいえ、《証拠省略》によれば、原告は、前記暴行を受けた直後、横浜地方裁判所の構内にいた支援者に対し、大声で呼び掛けたり、法廷の前の廊下で待機中私語を注意した警察官のネクタイを引っ張ったり、勾留理由開示の手続が終わって護送車に乗った際には、支援者から内部が見えないようにするため護送車の窓に張った新聞の公安関係の記事をみて護送の警察官をからかったり、更に、六月二〇日夜の布団敷き、同月二一日朝の布団収納、房内の清掃、午後の運動等の日課も傷害を理由に拒否することなく、何の支障もなく果たすことができる程度のものであり、勾留理由開示の法廷でも頸を締められたとは述べたが、腰痛と足の痺れ感を訴えただけで、頸部の痛みを訴えてはいなかったことが認められる。外見上、それらの振舞いからは頸部捻挫の症状があるようにはみられない。その後の医師の診断も、頸部の傷害については、同月二二日の段階では肩の張りがあり、同月二七日の段階では頸部の筋緊張があるという程度のもので、その他の異常所見はなく、また、同日には医師により理学療法による治療のための通院は不要であると診断されたものである。むしろ、原告が多摩警察署において強く医療措置の要求したのは、治療を必要とするというよりも、警察に対して強い反抗心、不快感を有していたため、乙山巡査部長の暴行という落ち度をことさら強調することにあるように思われる。これらの事情のもとでは、原告から医療措置の要求を受けた警察官らが、その要求に対し、六月二二日の健康診断まで様子をみたうえ、健康診断の医師の判断にしたがって措置をとることとしたことに違法な点はないというべきであるから、これが違法であることを前提とする損害賠償請求は、この点で理由がない。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、慰謝料一〇万円、弁護士費用三万円の合計一三万円とこれに対する不法行為の後である昭和五九年六月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、仮執行免脱宣言はその必要がないと認めてその申立てを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 山本博 吉村真幸)

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